将門の武練に始まる野馬追
どんな伝承か
『奥相茶話』は、天下の祭礼のうち最たるものは野馬追であるとして、その起こりを説く。将門は馬を野に放ってこれを駆り追い、変化をきわめ、大軍の懸引の変遷を学んだ。関八州の兵を集め、陣を進退して野馬を駆ったさまは四界の壮観であったといい、あらかじめ馬上の働きを見て機変の応を察したのが野馬追の始まりであるという。将門以来この祭礼は絶えることがなく、先主が宇多・行方に移ってから文治より今まで四百五十年、祭例の絶えた年はない。祭礼は五月中の申の日で、中村の城の南五里に当たる広野を原の町と呼び、東西三里、南北一里余に及ぶという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。