十郎の身代りとなった延台寺の虎御石
どんな伝承か
大磯駅近くの延台寺には、曽我十郎祐成の妻となった虎御前にまつわる「虎御石」が伝わる。大磯の山下長者夫婦は四十になっても子がなく、近くの虎池弁財天に願をかけた。満願の日にお告げがあって妻は身ごもり、枕元には美しい小石が置かれていた。長者はこれを授かりものとして大事にし、生まれた娘を虎女と名づけたが、石は娘の成長につれて大きくなっていったという。のちに工藤祐経が長者の屋敷を夜襲したとき、十郎はこの石の陰に伏せて助かり、見ると石には矢と刀の傷が残っていたので、以来「身代り石」と呼ばれたと伝わる。
原典より
十郎はとっさにこの石のかげに身を伏せて難をのがれたが、敵が去ったあとで見ると、石のまん中に矢が突き刺さり、大きな刀傷が残っているではないか。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。