大銀杏の陰から実朝を討った公暁
どんな伝承か
鶴岡八幡宮の大銀杏は、源実朝を討った公暁が身を隠した「隠れ銀杏」として知られる。承久元年正月、雪の降り積もる中で実朝の右大臣拝賀の式が行われ、式を終えた実朝が石段を下りて公卿たちに会釈した瞬間、銀杏の陰から頭巾の法師が躍り出て斬りつけ、その首を取った。法師は八幡宮別当の公暁で、父の仇を討ったと名乗りを上げた。公暁は頼家の子で、後ろ盾と頼んだ三浦義村の屋敷へ向かったが、義村に裏切られて討たれた。著者は、今の銀杏が当時人を隠すほどの大木だったかは疑わしいとも記している。
原典より
参道のわきの銀杏の木のかげから頭巾をかぶった法師が一人、手に白刃をきらめかせながら実朝に向かって馳け寄った。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。