兄大碓を手にかけた倭建の荒ぶる性
どんな伝承か
『古事記』をもとにした著者の語りによれば、倭建の命は気性が荒く力も強かった。かつて天皇が召し出した姫を迎えに行った兄の大碓の命は、その美しさに惹かれて自分の妃とし、父には別の女性を偽って差し出した。景行天皇は怒って大碓を遠ざけ、倭建に兄をよく諭すよう命じた。数日後に天皇が様子を尋ねると、倭建は兄が手洗いに入ったところを捕らえて手足を折り、薦に包んで捨てたと答えたという。天皇はその乱暴ぶりを恐れ、これをきっかけに危険な熊襲討伐に倭建を差し向けたとされる。
原典より
数日がたって天皇が建に「その後どうしたか」とおたずねになると、建は「手洗に入ったところをつかまえて押さえつけ、手足を折って薦に包んで投げすててしまいました」と答えたという。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。