御所崎の岩に残る御座島・皇島・姥島
どんな伝承か
走水には、東征軍がとどまった仮の御所があったと伝わる御所崎という地名が残る。その先端の波をかぶる岩場には、伝説にちなむ名が付いている。一番大きな岩は、倭建の命と弟橘姫が別れの盃を交わした場所として御座島と呼ばれ、倭建が船に乗り込んだ所は皇島という。また、姫の入水を悲しんで後を追い海に身を投げた侍女ら十人の岩は姥島と呼ばれている。御所崎の裏山は、倭建が海神を鎮めようと征旗を立てたことから旗山と通称されるという。
原典より
また御所崎の突端に波をかぶる岩場があるが、このうちの一番大きな岩で建の命と弟橘姫が別れの盃をかわしたというので御座島、建が乗船した場所が皇島、…—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。