死者に茶を注ぐ茶湯石
どんな伝承か
日野市高幡では、高幡不動堂の裏手にある石が上杉憲顕の墓と伝えられ、茶湯石の名で知られてきた。人が死んで百日目にあたる日には、供養のためこの石に茶を注ぎかける習わしがあった。忌が明けるときにも、まずこの石を拝んでからほかの神仏に参るというので、服石とも呼ばれたらしい。『新編武蔵風土記稿』『江戸名所図会』『西郊民俗』六四号に見える。
原典より
日野市高幡では、高幡不動堂の背後の石が、上杉憲顕の墓と伝えられるが、茶湯石という名で知られている。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。