七つの塚を七曜になぞらえた七曜塚
どんな伝承か
東京の北区王子には、かつて七曜塚と呼ばれるものがあった。妙観塚や亀井塚、供養塚など、このあたりには七つの塚が点在しており、それを空の七曜になぞらえて七曜塚と総称したのだと伝えられている。ひとつひとつの塚にはそれぞれ名があったが、まとめて七曜の名で呼ばれた。
原典より
妙観塚・亀井塚・供養塚など、塚が七か所にあるので、七曜塚と呼ばれたという(新編武蔵風土記稿・王子町誌・郷土研究三ノ七)。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。