黄金を得た中野長者と成願寺
どんな伝承か
応永のころ、紀州から中野の地に来て博労となった鈴木九郎という男がいた。浅草の観音に駒引銭をすべて納めて帰ると、家じゅうが黄金で満ちていたという。九郎はそれを下男に運ばせて野原に埋め、口を封じるため橋の下で下男を殺した。この橋が姿見ず橋、いまの新宿区の淀橋であるという。その報いで娘は蛇の身となった。のちに九郎は髪を落とし、中野区本町にある多宝山成願寺を建てた。屋敷跡は新宿区西新宿の十二社権現の境内だとも語られる。
原典より
応永(一三九四―一四二八)の頃、紀州(和歌山県)の鈴木九郎という者が、中野の地に来て博労となった。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。