中野長者の下僕殺し
どんな伝承か
中野長者鈴木九郎の下僕殺しの伝説。足利中期の応永の頃、淀橋の近くに住んでいた鈴木九郎は、渺茫たる地所を持ち婢僕を召し使う分限者で、中野長者と呼ばれていた。しかし性来狭量貪欲で、高利貸しの取立てに明け暮れる無慈悲な男であった。彼は野盗や野火を恐れて財宝を野原の穴に隠し、期末ごとに下僕に背負わせて埋めに行ったが、秘密が漏れることを恐れ、その帰り道の橋のたもとで下僕を斬り殺しては川へ蹴込んだ。こうして命を奪われた忠僕は十名にも及んだと、多宝山成願寺縁起にも記されているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))