神龍に娘を捧げた慈恩寺の沼
どんな伝承か
岩槻市中慈恩寺の慈恩寺では、大御堂の東南にある大きな沼で、明治維新前まで毎年一月に人身御供の行事が行われていた。智元坊が世話役となって藁人形を作り、深夜に村人が付き添って沼へ沈める。その間、本堂には男女を閉じ込めて灯りを消したという。由来はこう伝わる。昔、この沼に年老いた神龍が棲み、村の美しい娘を求めた。白羽の矢が屋根に立てば娘を差し出さねばならず、拒めば村中に祟りがある。娘を箱に納めて沼のほとりに置くと、真夜中に空が曇って風が吹き、水音とともに竜巻が起こり、箱は沼の中心へ運び去られた。後にこれを嘆いた僧が娘を藁人形に替えたのが行事の始まりで、維新後は寺運の衰えとともに絶えた。
原典より
岩槻市中慈恩寺の慈恩寺の大御堂の東南に、大きな沼がある。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。