日本武尊が雹を凌いだ木傘明神社
どんな伝承か
浦和市大崎の鎮守である木傘明神社は、日本武尊を祭神とする。社の縁起によれば、東征の途中この地に来た尊が、時ならぬ激しい雹に見舞われた。大木の下で凌いでいたがいっそう烈しくなったので、尊が樹下で雹を鎮める祈誓をすると、たちまち晴れ上がった。その跡を木傘明神として祀ったのだという。明治三年に神主の井上正が浦和県へ差し出した書付にも、同じ由来が記されている。なお浦和市の野田地区では、尊が雨宿りをしたのは樅の木だったと伝え、里人がその樹の跡に一宇を建てて木傘神社と称したという。
原典より
同社の縁起によると、日本武尊が東夷征伐の砌、この地に来られた節、時ならぬ暴雹があった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。