日蓮の加持水が湧いた妙典寺の子安の池
どんな伝承か
和光市下新倉の妙典寺にある子安の池は、旱魃にも涸れない池として『江戸名所図会』や『新編武蔵風土記稿』に載る。文永八年十月、竜の口の法難を逃れて佐渡へ送られる途中の日蓮は、護送にあたる新座の領主墨田五郎時光が憂い顔なのを見て訳を尋ねた。妻が三日来の難産で死を待つばかりと聞いた日蓮は道を新倉の館に変え、庭の若い柳の枝を筆代わりに安産の符を書き、庭に湧く泉を加持水として与えた。妻は無事男子を産み、この子がのちの日堅上人だという。時光は帰依して館を寺とし、妙典寺の名を授かった。柳田国男も、日蓮が楊枝で加持すると清水が湧き、傍らの柳は楊枝が芽吹いたものと伝えることを引いている。
原典より
妙典寺のところにある子安の池は、古くから知られ、『江戸名所図会』や『新記』等にそれぞれ次のように記されている。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。