日蓮の楊枝から湧いた子安池
どんな伝承か
下新倉の妙典寺の境内には、日蓮ゆかりの子安池が残る。寺の言い伝えでは、日蓮がこの地を通りかかったとき、領主の墨田五郎時光の妻がお産に苦しんでいた。日蓮が経を唱えつつ携えていた楊枝で窪みを掘ると水がほとばしり、それを妻に含ませて護符を授けると、男の子が無事に生まれたという。湧いた水は日照りでも涸れず池になったと伝わる。寺の献額の由来では、文永八年に佐渡へ送られる途中の日蓮が時光の憂いを見抜いて新倉の館へ道を変え、庭の柳の枝を筆にして安産の符を書き、湧き水を加持水にしたとされ、生まれた子が後の弟子日堅だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
和光市史 民俗編
『和光市史 民俗編』の伝説と昔話の章から、伝説の節を抜き出したものである。埼玉県和光市の下新倉・新倉・白子に伝わる、妙典寺の子安池と楊枝柳、孝行息子の汲む水が酒になった強清水、白子地福寺の枕返し地蔵、吹上観音の火中出現と観命尼の焼身、新羅三郎義光の笛の伝説などを、異伝と出典を添えて収める。市史の編者がそれぞれの伝説の成り立ちを論じる文章が多い。