死んだ僧を生き返らせた枕返し地蔵
どんな伝承か
白子の地福寺には、死んだ僧をよみがえらせたという枕返し地蔵の話が伝わる。一条天皇の代の永延年間、西国から東国へ巡ってきた天台の僧尊恵が、成増から白子を通って川越へ向かう途中、長旅に疲れて病に倒れ、ついに息が絶えた。哀れんだ村人が棺に納めて葬ろうとしたところ、中から声がして、蓋を開けると尊恵は生き返っていた。冥土で懐の守り仏と同じ地蔵を見て目が覚めたと語り、この地に留まって堂を建てたのが地福寺の始まりという。別の伝えでは、慈光寺の忠尊を訪ねる途中で倒れて三日仮死となり、童子を連れた地蔵が蘇生を告げ、尊恵は北枕から西頭南面に向きを変えて目覚めたとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
和光市史 民俗編
『和光市史 民俗編』の伝説と昔話の章から、伝説の節を抜き出したものである。埼玉県和光市の下新倉・新倉・白子に伝わる、妙典寺の子安池と楊枝柳、孝行息子の汲む水が酒になった強清水、白子地福寺の枕返し地蔵、吹上観音の火中出現と観命尼の焼身、新羅三郎義光の笛の伝説などを、異伝と出典を添えて収める。市史の編者がそれぞれの伝説の成り立ちを論じる文章が多い。