片足を洗わず人を救った者の地蔵
どんな伝承か
新倉の漆台には「足洗わぬ地蔵」と呼ばれる地蔵がある。昔、この辺りに占いや灸の得意な、たいそう親切な人がいて、田仕事の最中でも頼まれれば嫌な顔ひとつせず駆けつけてくれた。少しでも早く手当てをしようと、片足だけを洗ったままで人の世話に向かったという。その人が亡くなると、村人たちは姿を地蔵に刻んで祀ることにし、立派な像を造った。腰から下の病によく効くとされ、以前は参る人も多かったという。古い地誌は向かいの山にある地蔵堂として記し、坐像の本尊は弘法大師の作といい、向いの地蔵・足濯地蔵とも呼ばれるが由来ははっきりしないとする。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
和光市史 民俗編
『和光市史 民俗編』の伝説と昔話の章から、伝説の節を抜き出したものである。埼玉県和光市の下新倉・新倉・白子に伝わる、妙典寺の子安池と楊枝柳、孝行息子の汲む水が酒になった強清水、白子地福寺の枕返し地蔵、吹上観音の火中出現と観命尼の焼身、新羅三郎義光の笛の伝説などを、異伝と出典を添えて収める。市史の編者がそれぞれの伝説の成り立ちを論じる文章が多い。