妻の名だけが燃え残った野位牌
どんな伝承か
著者は昭和五十九(一九八四)年一月に妻蓉子を癌で亡くし、同年八月、生前妻が好んだ長野県富士見高原の入笠山に白木の位牌を持って登り、子供たちと共にそれを焼いた。燃え尽きるのに小一時間ほどかかったが、めらめらと燃える炎の中で「蓉子」と書かれた名前の部分だけがいつまでも燃えず、不燃性の薬品でも塗ってあるかのようだったという。著者はこれを、好きだった入笠山に連れてきてもらえた妻の霊のサインではないかと記している。
原典より
めらめらとなめるような炎につつまれて、黒く変ってゆく白木の位牌の中で、「蓉子」と書かれた妻の名前のところだけが、いつまでも燃えない。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。