髭僧大師と大血川
どんな伝承か
鎌倉時代、後嵯峨天皇の第三皇子として生まれた仏国国師は、出家して深山を歩くうち大血川の地で草庵を結んだ。ある日どぶろくを楽しんでいると一匹の蛇が現れて歌を詠みかけ、大師も歌で答えると、蛇は秩父妙見社の神であり法話を聞いて蛇身から解脱できたと感謝し、以来春と秋の二回穀物を献上するようになったという。髭を剃らずにいたため村人からひげそう大師と呼ばれたと伝わるが、当の住職はその呼び名を好まなかったという。
原典より
江戸の町人文化が最も繁栄した文化元(一八〇四)年発行の『秩父順礼道中省図』という古地図を見ていたところ、奥秩父の大陽寺の場所に、ただ「ひげそう」とのみ書いてあるのに興味をもって、調べてみようと思った。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))