秩父の山中から帰った童の替玉
どんな伝承か
正徳の頃、江戸神田鍋町の小間物を商う店の、十四、五歳の童の話だという。正月十五日の暮れ方、銭湯へ行くと言って出たきり姿を消していたが、しばらくして旅姿で戻ってきた。主人がどこから帰ってきたのかと尋ねると、童は秩父の山中を今朝発ったと答えた。去年の師走十三日、煤取りの夜にその山へ行き、昨日までそこにいて、毎日出家たちの客に給仕をして物をもらい、老僧から明日は江戸へ帰すと言われ、野老を掘って土産にするよう命じられていたのだと語った。家の者は、童が師走に姿を消していたことに気づいておらず、その間、代わりに家にいたのが何者であったのか、分からなかったと『朝野雑載』は伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・昭和(戦中))
生物学者・小泉丹『科学的教養』(戦中刊)。国民の科学性とは科学知識の普及ではなく科学的態度であるとし、科学的・非科学的の境界を吟味したうえで、怪異談を科学的に検討する。