仲町土橋の茶屋に出る血の手の女
どんな伝承か
聖堂で学んでいた儒生の佐助は、若い頃、深川へ遊びに出て日が暮れ、仲町土橋の茶屋に泊まった。夜更け、階下でしきりに念仏が唱えられ、やがて階段を上る音がする。障子の隙間からうかがうと、髪を振り乱した女が、両手を血に染めて廊下を通っていった。翌朝、同じ床にいた妓女が語るには、この家の先代は抱えの女を折檻し、止めに入った妻へ脇差を振るった。刃を素手で受けた女は指をすべて失い、その傷がもとで死んだのだという。客足は絶え、茶屋はほどなく姿を消した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。