史料一 寛延四年 武州秩父郡三山村おうさき追放再請書
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
寛延四年四月、秩父郡三山村では名主・組頭・惣百姓が残らず呼び出され、おうさきという妖説を今後決して口にしないという再請書に一人ずつ請印を捺した。先に延享二年、太田部村でオーサキ狐にかかわる事件が起きたのを機に、関東郡代伊奈半左衛門忠達の役所が同様の請書を出させていたが、五年半を経てなお噂が絶えなかったためである。代官所の下役人佐藤豊三は四月十六日付で案文を三山村名主へ送り、明後十八日に惣百姓を召し連れて上小鹿野村の名主宅まで持参せよと命じた。オーサキ持ちの家をめぐる縁組や田畑の質入れの弊害を取り除くための施策であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近世史料にみる憑き物「オーサキ狐」の諸相(小池信一・現代(昭和後期〜平成の研究論文))
埼玉・群馬を中心に分布した憑きもの『オーサキ狐』の俗信を近世史料から検証した研究。オーサキ持ちの家を富ませ人に憑いて熱病にするという俗信を概説し、寛延4年・天保6年・慶応3年の追放史料を紹介。為政者が縁組や質入れの弊害から迷信として追放させた歴史と、幕末の村を巻き込んだ尾崎狐訴訟事件を扱う、憑きもの俗信の歴史民俗学的記録。
種別から探す
小鹿野町の伝承
広告枠(AdSense)