七十九人連印のオーサキ追放請書
どんな伝承か
秩父郡吉田町太田部の新井家文書には、狐憑きに関する文書が三点あり、延享二年、弘化五年、嘉永六年のものである。最も古い延享二年の文書は表紙に「おふさき儀に付被仰渡人別御請書」とあり、領主伊奈半左衛門の役所に提出した、名主・年寄・百姓から抱百姓に至る村人七十九人連印のオーサキ俗信追放の請書である。秩父郡中の村々では以前から誰々はオーサキ持ちだといい、難病の時には山伏に頼んで除けの祈禱をしていた。そう呼ばれた者は付き合いも遠慮され、縁談も田地の質入も金銀の貸借も差し支えて難儀していたという。村人は今後この唱えを僧俗ともにせず、病中の加持祈禱もしないと誓約している。
原典より
その中で、最も古い延享二年の文書は、表紙に「おふさき儀に付被仰渡人別御請書」とあり、…—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。