巡礼夫婦が託した新保の観音様
どんな伝承か
備中国から観音像を背負って諸国巡礼の旅に出た夫婦が、水沢の新保の渡し場までたどり着いたところで、寒さと飢えのため倒れてしまった。通りがかった新保の市助が二人を家に連れ帰って手当てをしたが、夫婦は助からなかった。死の間際、二人は供養を頼んで観音像を市助夫婦に託した。その後、夢に観音様が現れて子を授けると告げ、四十代だった市助夫婦に男の子が生まれた。また新保で火事が起きた折には白髪の老僧が現れて袈裟を振って火を消し、市助が帰宅すると観音像の裾が黒く焦げていたという。霊験を尊んだムラ人が堂を建てて祀ったのが新保の観音堂である。
原典より
市助が家に帰ってみると、観音様の裾が黒くこげていた。—— 十日町市史 資料編8 民俗(十日町市・十日町市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
十日町市史 資料編8 民俗(十日町市・十日町市史)
『十日町市史 資料編8 民俗』は、十日町市の市史資料編の民俗の巻であり、ここにはそのうち第二節「伝説」を収める。市内に伝わる伝説を木、石・岩、水、塚、坂・峠・山、祠堂、家・ムラの七つに分け、遊行上人にお札をもらいに来た木、片目の魚がすむ七ツ釜、新田義貞の挙兵にちなむ観音塚や竜王様、弘法清水などの梗概を記す。冒頭に伝説と昔話の違いを説く解説を置き、話を梗概にとどめたことと別冊『十日町の昔ばなし』の参照を断る。