綿打池
どんな伝承か
千葉公園の池の帰属をめぐる村境争いで、寒川村の綿打屋太郎兵衛が検分前日に弁天様の碑を池畔にひそかに移して物証とし主張を通した。その知恵を称えて綿打池と呼ばれ、弁天町の町名の由来にもなった。
原典より
いま千葉公園の真中にある大きな池を、もとは綿打池といった。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。五十余りの短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。