浄山寺の地蔵を慕った六部の塚
どんな伝承か
江戸時代の初め、元禄の頃ともいうが、諸国を巡る六部が越谷市野島の名刹浄山寺に参詣した。六部は地蔵の功徳を慕い、この地を死に場所と定めて山林の中に穴を掘り、昼も夜も念仏を唱え鉦を打った。食を断っての修行であったため、やがてその声も聞こえなくなった。里の人々はその志に心を打たれ、六部をその場に葬ったという。行人塚の跡は浄山寺の傍ら、野島に住む野口律氏の所有する山林の中にある。
原典より
そして地蔵の功徳を慕ってここを死所とさだめ、山林内に穴を掘って、日夜念仏打鐘していた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。