食糧増産で消えた黒田の二つの十三塚
どんな伝承か
旧花園村黒田の字上南原には、十三塚が二か所、隣り合って築かれていた。いわれを伝える古老の話は何も残っていない。一つは東西にまっすぐ並び、真ん中のやや大きな塚の左右に小塚が六つずつあって、塚と塚の間は三十三尺ずつ空いていた。もう一つはその続きで、向きを少し変えて北東から南西へ連なっていた。戦争中の食糧増産で開墾されて跡形もなく消え、今では物覚えのよい年寄りだけが知る塚になっている。
原典より
戦時中の食糧増産で、跡方もなくなり、現在では、丹念な老人だけが知るという状態である。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。