松山落城伝説
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どんな伝承か
北条・武田に攻められた松山城側は水不足を隠すためたらいの白米で馬を洗ってみせ、武田軍は囲みを解こうとしたが、洗いものをしていた老婆がそれが米だと白状した。武田軍はかくし水をせき止めて攻め、城は落ちた。老婆は松山のこうじ屋の者で、以来松山ではこうじ屋が繁盛しなくなったという。
原典より
永禄六年、北条氏が武田氏とともに松山城を攻めた際、城側は水の手の不自由を知られまいと、たらいの白米で馬を洗ってみせた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』(歴史伝説の巻)を全608話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。埼玉県下の歴史伝説(塚・城址・古戦場・武将〈新田義貞・畠山重忠・太田道灌ら〉・史跡・寺社縁起等)を、所在地(市町村・字・社寺)と出典(新編武蔵風土記稿・各市町村史等)を付して体系的に集成した中巻。
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