白米で馬を洗った熊倉城の落城
どんな伝承か
秩父の荒川村日野にある城山は、越後の長尾意玄入道が城を築いた山で、熊倉城と呼ばれたらしい。小さな山城だが守りやすい要害で、甲斐の小幡山城守が日を重ねて攻めてもなかなか落ちなかった。ただ城内は飲み水に乏しく、熊倉山の奥の七つ滝から樋で細々と水を引いていた。小幡はその水口を断つことが決め手と見て激しく攻めたてた。困り果てた入道は、包囲の敵の前にわざと馬を引き出し、白米で脚を洗って水が豊かなように装った。しかしこの策もやがて見破られ、城はついに落ちたという。
原典より
意玄入道は包囲の敵を前にして、わざと一頭の馬を庭先にひき出して、白米で脚を洗ってみせた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。