無実の弥兵衛の身代わりとなった入子地蔵
どんな伝承か
飯能の名栗川が大きく曲がる大曲の東岸の小高い所に、入子地蔵がある。江戸時代、このあたりには牢獄があり、西川材は大曲で検分を受けて入間川へ筏で流された。ある年の出水で流れ着いた材木を改めると数本が足りず、伊豆の入湖から移り住んだ弥兵衛が盗んだと訴える者が出た。正直者だが近所と折り合いの悪かった弥兵衛は、無実のまま牢に入れられた。泣き暮らすうち天井の引戸が開いて外へ逃れたが、再び捕らえられると牢には地蔵が身代わりに座っていた。こうして無実が晴れ、弥兵衛は感謝して同じ姿の石地蔵を造った。今は子育地蔵として、七月二十四日の祭日に参詣者が多い。
原典より
地蔵尊は、罪のない弥兵衛の身代りとなって、そこにおられたのである。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。