蕎麦の花を大河と見誤った渋川公
どんな伝承か
蕨城主の渋川公に仕え、のちに蕨や塚越の地に住みついた家臣たちは、蕎麦を作らなかった。伝えによると、鴻ノ台の戦に敗れた渋川公が闇夜に道なき道を逃げていくと、行く手に大河が広がっていたので、敵の手にかかるよりはと潔く命を絶った。ところが大河に見えたのは、真っ白に咲いた蕎麦の花だった。そのため落ちのびた家臣たちは、土地に根づいて田畑を耕すようになってからも、長く蕎麦作りを忌んだという。公が蕎麦の刈り株につまずいて討たれたからだとする話もある。
原典より
けれども、暗夜に大河と見誤ったのは、実は真白な蕎麦の花ざかりであった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。