盗人塚
どんな伝承か
成田市一坪田の田んぼの中には、島のように小高い場所があり、その頂上に観音堂が祀られている。「一坪田の観音様」「田中山の観音様」と呼ばれ、もとは田中山宝蔵院という寺だったが明治初期に廃寺となり観音堂だけが残った。ある年の晩、四人組の泥棒がこの観音堂に忍び込み十一面観音像を盗み出したが、坂道を運ぶ途中で像が急に重くなって背負いきれなくなり、暗闇の中で見失ってしまった。泥棒たちは伊能の七曲りの坂まで逃げたところで足が動かなくなり、追ってきた村人に捕らえられて打たれ、四人とも死んでしまったという。その遺骸を向台という場所に埋めたのが盗人塚で、以後本尊の観音像は秘仏となった。
原典より
一坪田の田んぼの真ん中に、島のように小高くあった場所があり、その頂上に観音堂が祭られている。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
『大栄町史 民俗編』は、大栄町が編んだ町史の民俗編で、ここには第六章「ことばと生活」第一節「伝説」の部分が収められている。北総台地に位置する町内の各地区に伝わる、源頼朝の鞍掛けの松や城主大須賀氏・伊能氏にまつわる話、弁天様の話、狐・狸・河童・大蛇の話、作男や長者、埋蔵金の話などを収める。伝説は歴史・神仏・動物・人物に関する伝説と「トーカとムジナの話」の五項に分けられ、末項では狐とムジナに化かされた話を箇条書きで並べる。