伊能の殿様
どんな伝承か
伊能城主の孫朝辰は矢作城の城代を務め、里見氏の大軍が攻め入ると年少の若竹丸を守って奮戦したが力尽き、自らのはらわたを敵に投げつけ壮烈に戦死。両城とも落城した。
原典より
伊能の俗に城山と呼ばれる台地は中世の城があった場所で、その城主を豊後国(現大分県)出身の伊能氏という。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
『大栄町史 民俗編』は、大栄町が編んだ町史の民俗編で、ここには第六章「ことばと生活」第一節「伝説」の部分が収められている。北総台地に位置する町内の各地区に伝わる、源頼朝の鞍掛けの松や城主大須賀氏・伊能氏にまつわる話、弁天様の話、狐・狸・河童・大蛇の話、作男や長者、埋蔵金の話などを収める。伝説は歴史・神仏・動物・人物に関する伝説と「トーカとムジナの話」の五項に分けられ、末項では狐とムジナに化かされた話を箇条書きで並べる。