三枚くぐり
どんな伝承か
成田市伊能の、大須賀川に架かる鹿駒橋の少し上流の田んぼは、表面は固く見えるが下は軟らかくて深いため、田植えのときには竹の棒を敷いてその上を踏みながら行ったという。昔、伊能に仲のよい夫婦がいたが、貧しさのため悪い田んぼしか持っていなかった。ある年の春、田植えがもう少しで終わるというときに、女房が田に敷いた竹の棒を踏みはずして田の底に落ち、姿が見えなくなった。夫は毎日田へ行って浮かんでくるのを待ったが出てこず、しばらくして落ちた田より三枚先の田に死体が浮かんだ。田の下は沼のように広がっているというので、その後この一帯を三枚くぐりと呼ぶようになった。
原典より
大須賀川に架かる鹿駒橋の少し上流の田んぼは、表面は固く見えるが下は軟らかくて深いため、田植えをするときには竹の棒を敷いてその上を踏みながらしたといわれる。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
大栄町編『大栄町史 民俗編』を全26話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。