島建国建がニラの島から得た稲種
どんな伝承か
沖永良部島の島建国建の物語は、岩倉市郎によって初めて文字に写された口碑である。島の元祖は天の神に教えられてニラが島へ稲種を求めに行ったが、ニラの大主は、まだ初穂の祭をしていないので物種は出せないと答えた。島コーダ国コーダはそれでも手ぶらでは帰れないと、そっと稲穂を摘んで袂に隠し逃げ帰ろうとしたが、ニラの神に追いつかれて打ち倒され、ニシントー原アメノカタ原という所で目も鼻もこぼれて死んでいた。天の神は使いを遣って薬を飲ませて生き返らせ、穂をニラの島へ返して元の株に接がせ、初穂の祭が済んでから改めて同じ種を乞い受けさせた。これが島の稲の始まりだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。