厳木・教良木の清らな木の地名
どんな伝承か
若い頃に初めて北九州の土を踏んだ際、厳木と文字には書いてケウラギと呼ぶ停車場のあることを知って、このケウラは清らであり、しかも神聖なる木の在る処の意であろうと気が付いた。天草上島の同名の村は教良木と書き、そのほかにも京良木と書く部落の名が東の方にいくつかあり、別にまた甲州富士川沿いの古駅の名に教良石というのがあることを思い合せて、いずれも皆信仰に伴う伝説をもつ樹木・巌石の所在地であろうと早合点をして「郷土研究」に発表してしまった。そういう特例もあって差支えはないけれども、それだけでは近江の紫香楽や肥後の百済木などは説明ができない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。