石見沖・海上の鼠を鰤と誤認して網取り
どんな伝承か
石見高島の記事からおよそ三十年後、文政・天保のころに同じ方面の海で一つの事件が起きたことを、柳田は讃岐の国学者猪熊方主の書簡で知った。高島からさほど離れていない海でのことらしい。ある夜、漁師たちが舟を出すと沖がおびただしく光っていたので、鰤の大群だと思って網を入れて引き寄せたところ、なんとすべて鼠だった。鼠はたちまち四方へ散って野山へ入ってしまった。数はおよそ七万ほど、大きさは猫くらいで、足の指に水かきがあったともいう。のちに貂のような獣が現れて退治しつくしたとも伝えるが、柳田はそこは実見ではあるまいと見ている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。