網で捕えた狐火の玉
どんな伝承か
元禄のはじめごろ、京の上京に住む人が夜の川へ網を打ちに出た。加茂のあたりで狐火が手もとへ寄ってきたので、とっさに網をかぶせると、ひと声鳴いて逃げ去り、網の中には玉のようなものが赤々と光って残っていた。家に持ち帰って翌朝見ると、色は薄白く鶏の卵のようで、昼間は光らない。ところが夜になると輝きだし、夜道を行くとき提灯に入れると蝋燭よりも明るかったという。狐が玉を持つことで火を発するという話の一つとして挙げられている。
原典より
元禄のはじめ頃上京の人東川へ夜川に出て網を打ちける。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。