万石浦の遠浅に隙間なく張られた建網
どんな伝承か
牡鹿半島を一周し、渡波から北上川口の旧遊地の空へ向かおうとしたとき、新たな見聞を得た。十何年も前から干拓事業の問題となり、陸と言おうか水面と言おうか、どちらも通用しそうな万石浦の遠浅に、青森湾頭で見たものと同じ形の建網が、ほとんど隙間もなく張られていたのである。さらに進んだ遠田郡の水沢地でも、何のためにあるかを今まで考えてもみなかった大小の沼に、依然として同じ形の建網が用いられていた。この地方の漁業は進取的ではなく、慣習の惰性としか説明のしようがない建網であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。