西ノ泊の集合倉庫
どんな伝承か
昭和六年四月中旬、釜山から対馬へ渡った柳田は、豊崎村の比田勝に上陸してまず西ノ泊という部落を訪れた。村のはずれの少し高みになったところに、木造建築の倉が幾棟か並んでいる。家々では衣類のような物までここへ納めておくということで、大きな鍵を持って現に婦人の物を出していく者も見られた。この島一円の風だというが、他では見ることができなかった。東北では会津の檜枝岐をはじめ、こういう例のあることを折々聞いている。スイスでもジュネーブの滞在した旅館から川向こうに、これとよく似た木の倉がたくさん建っていた。火事を避ける目的に違いなく、あちらでも敷地のすぐ隣は墓地であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。