俗名を刻む対馬西ノ泊の石塔
どんな伝承か
対馬の西ノ泊では、倉の並ぶ場所の上の丘が墓地になっていた。新しい墓には家の形をした覆いをかけ、これをスヤと呼ぶ。墓の上には平たい石を載せる習わしで、これをカブリイシといった。五十年で年忌を終えるころに石は割られ、砕けたものがあたりに散らばっている。この島には、戒名ではなく死者の俗名を彫った古い石塔が方々に残っている。石に戒名を刻む習慣が広まらなかったためらしい。石碑の多くは仏像を半ば浮き彫りにしたもので、彩色をとどめた古い碑もまれに見られたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。