月潟村と角兵衛獅子
どんな伝承か
新潟で聞いた話として、湛水地の最も多いのは中蒲原郡で、北・西・南蒲原郡にも一部あり、三島郡では与板町の付近だと記す。西蒲原郡には鎧潟や大潟があり、新潟も元はその一つの名かという。そうした潟の多い土地柄のなかで、月潟村は角兵衛獅子を出す理由を有すると柳田は書き留めている。北蒲原の福島潟などは海面との差がわずか三尺で、内水の排除は容易でない。信濃川は屈曲して与板付近でも一旦は非常に海に近くなるので、どこか一箇所を切って海に導こうというのが早くからの計画であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。