滝越(三浦)の落人伝承
どんな伝承か
五月三十日、濁川の温泉を発って険しい峠を越え、滝越に至る。滝越は三浦とも呼ぶ。中部地方一帯でウレとは上のことだから、すなわち水上の意である。全村十七戸がみな三浦氏で、三浦の落人だと伝えるのは後の解釈と思われるが、いずれはそういう武士の末なのだろうと柳田はいう。最も古い家がどれかを知るのみで旧記は持たない。ここだけは打ち開けた平地で、もとは湖底であったことがよく分かる。川沿いは峡谷で滝があり、滝越の名もそこから出たと思われる。三浦藤次郎という家に憩い、支度をして人々と別れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。