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御母衣の家の珠敷と内陣

所在地岐阜県大野郡白川村大字御母衣中ノ切
年代明治42年6月(旅中見聞)
登場柳田国男、遠山喜代松、観察者
出典定本柳田国男集 第3巻

どんな伝承か

中野の入口の路上から三方崩の山を望むと、その下が御母衣であるという。御母衣の遠山喜代松方に憩って昼食をとった。このあたりを中ノ切という。出居には珠敷を掛ける衣桁のようなものがあり、そこに家族の数だけの珠敷が掛かっている。その奥が仏間で、内陣と呼ぶ。真宗東本願寺派で、本山の大門のために木を出した話などを聞いた。部落有の薪山は昔から各家におおよその採り場があり、これを薙畑に開くのも随意である。薙畑の跡の茅は刈って牛馬を飼うという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)

『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。

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