津軽の川に増えた新参の鯰
どんな伝承か
魚は人の手で思いのほか広く分布したと柳田国男は述べる。羽後の湯沢辺では高い峠を越えて一関方面から毎年金魚の子が入り、その代わりに太平洋岸へは鯉の子が多く行くという。秋田領では鯉も金魚のように新参で文化頃から多くなったといい、鯰は鯉よりさらに一段と遅れて来た。矢立を北へ越えて津軽の平野に下ると鯰の移住はさらに近年のことで、青森の川口君は二十何年前には鯰は確かにいなかったのに、今では津軽の川々で鯰を見ない所はないと語ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。