猪除けの宝物殿が残る中氷川山
どんな伝承か
埼玉県入間郡山口村、今の所沢市山口の字中氷川にある中氷川山は、氷川の流れの北側を東西に延びる木立の丘で、清浄の地として上古から人に知られていたとみられる。山上には延喜式に載る中氷川神社が鎮まり、山裾の県道沿いには南北朝の山口城址の土塁、山中には旧鎌倉街道の名残の細道がある。昔この辺りには猪や鹿が多く、山上には猪除けの横塀を外側に備えた足利様式の民家が、山口貯水池の建設で取り払われる家々の中から移されて神社の宝物殿として残る。社殿の奥には、江戸時代のものという猪の落し穴が擂鉢形の窪みとなって草に埋もれている。
原典より
その氷川の北に沿うて西から東へ横わる木立の丘が、此所に謂う「中氷川山」で、其所には、幾千年前の太古から上古中古を經て近世に至るまでの永い間の人間の歴史を織り混ぜた土や木が、遷り行く人の世の姿をヂッと見詰めてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。