藩士の家から広まった行田足袋
どんな伝承か
埼玉県北埼玉郡の忍町は、旧忍城を中心とする忍、商工の町の行田、農村の佐間の三つの大字からなり、全国に知られた行田足袋の産地である。口碑や町の要覧によれば、五代将軍綱吉の貞享年間に亀屋という商家が足袋作りを始め、享保年間には忍城主阿部豊後守正喬が、女性の暮らしの慰めと家計の助けにと藩士の家庭に足袋作りを勧めたことから、城下に広まったという。阿部氏が奥州白河へ移ってからはその縁で奥州に販路が開け、明治には裁断機やミシンも入って、一時は町の人口の三分の一が足袋で暮らしを立てるほどになった。
原典より
それは文献的には詳かでないが、口碑の傳うるところや古老の閑話、其他「忍町要覽」等に據れば、徳川五代将軍綱吉の貞享年間(皇紀二三四四-二三四八年)に「亀屋」と呼ぶ商賈が之を専業にしたのが始まりで、…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。