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町長と歩いた忍城本丸址の界隈

所在地埼玉県行田市(忍城)
登場成田親泰、諏訪神社を勧請した忍城主
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

著者は町役場で町長の高城駿から足袋の話を聞いたあと、その案内で旧忍城の跡を歩いた。役場前の熊谷街道を西へ行くと、埋め立てられた忍沼に架かる成田橋や鴛鴦橋の先に本丸址があり、東隣は忍公園、西側は杉木立と電灯会社の本社に占められていた。本丸址の北には、成田親泰が城の鎮護に勧請した諏訪神社と、松平氏が移封のたびに遷してきた東照宮が並ぶ。忍の町は頼朝の頃に児玉党の一派が住みついて開け、のち成田氏の城下として栄えたという。日暮れには、地元出身の大沢龍次郎が寄付した火の見櫓を兼ねた時警塔が、赤い灯をともして町を見守っていた。

原典より

その鴛鴦橋から更に一丁程行くと「忍城」の本丸址へ出る。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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