貯水池を見下ろす根古屋城址を踏査
どんな伝承か
小春日和の一日、著者は小手指の白旗塚や兜の梅を巡ったあと、三ヶ島の方から村道を南西へ登って山口貯水池の畔に出た。木立の向こうに広がる紺碧の水と、遠く秩父や甲信の山並みに足の疲れを忘れ、池に沿う林道を西へ進んで根古屋城址へ向かった。友と二人、松や杉、栗の茂る急斜面を茨にひっかかれながら猪のように攻め登り、山腹を切り立てた切岸を越えて、杉の大樹のそびえる本丸の一角にたどり着いた。本丸、二の丸、東の丸が土居で隔てられた多核式の山城で、袖曲輪や馬出郭も残り、規模は地誌の記載より大きかった。夕陽が沈むころ、二人は枯葉と草の実だらけになって帰途についた。
原典より
そうして、「山城」の特徴とする山腰を急角度に切り立てて作った「切岸」を乗り越え、一きわ目立つ最高部に杉の大樹を聳えさせた本丸の一角へ辿り着いた二人は、その大樹の根方に立つて先づ一ぷく煙草に火を付けた。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。