屋敷から響いた埋蔵金の唄
どんな伝承か
娘を失った鈴木九郎は相州関本の最乗寺の住職春屋宗能に帰依し、自ら仏門に入って正蓮と名を改め、広い邸宅を改めて正観寺を建てた。その正観寺が後の多宝山成願寺である。九郎の在世中にこの地を訪れた宗能老師は、漆千盃、朱千盃、黄金千両、銭十六万貫、朝日さす夕日輝く藤の木の下にあり、という謎めいた唄声が、広い屋敷のどこからともなく陰々と響いてくるのを聞いたと伝えられる。筆者はその伝説を思い浮かべながら、成願寺の本堂裏の丘に立つ正蓮の墓を訪ねた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。