忍合戦の勇士も眠る清善寺の無縁塚
どんな伝承か
行田の清善寺に祀られる新兵衛地蔵尊は、昭和七年に新聞社が催した関東十霊場の推薦投票で百二十万票あまりを集め、関東第二の霊場に選ばれた。本堂の西奥には宝篋印塔の形をした無縁塔がそびえ、その後ろに数多くの墓石を積み上げた寺の名物「無縁塚」があって、地蔵尊はその頂に安置されている。この塚には、成田氏が忍城にいた天文年間から天保のころまでのおよそ三百年間に、弔う者のいなくなった千余りの霊がまとめて葬られている。とりわけ天正十八年の忍合戦で、主家の没落とともに供養する人を失った勇士たちの霊も合わせて祀られていると著者は記す。
原典より
その塔の後方に、多数の墓碣で築かれた此寺名物の「無緣塚」があり、その塚の頂上に所謂「新兵衛地蔵尊」は安置されてゐるのである。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。