一日に四十里を歩いた早足の運平
どんな伝承か
我孫子の宿場に、運平という五十過ぎの男がいた。たいへんな健脚で、一日に四十里もの道のりを歩き通すことから、四十里男とあだ名されていた。ある日、運平は水戸まで行って戻ってくると、そのまま江戸へ向かい、日が暮れないうちに我孫子へ帰り着いた。そのうえ、さらに馬草を一荷刈ってのけたという。文政五年の『鹿島日記』に書き留められた話として、『相馬伝説集』に引かれている。
原典より
足が早く一日に四十里の道を行くため、四十里男というあだ名があった。—— 我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、市史の口承文芸の部分の抜き書きで、伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。多くの話の後に、柳田國男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付し、末尾に本稿のまとめを置く。